「Vol.40」

グドール先生の
『愛シリーズ』


「犠牲の力

大きな感動を覚えた、おすすめの本があります。アーネスト・ゴードン著「クワイ河収
容所」(ちくま学芸文庫)という本です。「戦場にかける橋」という映画でも有名に
なった第二次世界大戦中のタイで起こった実話です。

東南アジアで数万人のイギリス兵が日本軍の捕虜となります。毎日35℃以上の熱帯雨
林の中で、クワイ河にかかる鉄橋を作らなければならいという、過酷な強制労働が続き
ます。弱った捕虜たちが毎日のように死んで行きます。極限状態の収容所生活の中で、
捕虜たちは次々とモラルを失い、自分が生きていくためには他人はどうなってもいい、
というような考え方に堕ちていきます。

 しかし、このような極限状態の中で、ほんの数人の捕虜たちの自己犠牲的な行為が収
容所全体の雰囲気を全く変えてしまい、彼らの中にやさしさやいたわりの心が生み出さ
れるのです。たとえばこんな事がありました。

 ある日の労働が終わり、工事用具の確認が行われました。確認がすみ宿舎へ帰る寸前
というところで日本軍の捕虜監視兵が、シャベルが一本足りないと宣言しました。盗ん
だ者は一歩前に出てきて罰を受けろと命令します。しかし誰一人動きませんでした。
「全員死ぬ!全員死ぬ!」と逆上した彼は、捕虜たちを一通り眺めたうえで左端の者から
射殺しようとしました。

 その時捕虜の一人が列の前に進み出て、「私がやりました」と言います。それを見た
監視兵は怒りを一気に爆発させて、進み出た捕虜を銃で殴り殺しました。ところが、そ
の後もう一度用具を数えると一本足りないはずのシャベルが全部そろっていることがわ
かりました。その時他の捕虜たちは、あの仲間の捕虜が自分達の命を救うために犠牲に
なったことを知るのです。

 この事件は捕虜たちの生活に決定的な影響を与えました。この事件の後捕虜たちは他
者をいたわることを学び始めます。特に病人の世話をするようになり、又食物も互いに
分け合うようになります。殺伐とした世界に人間的なもの、気高いものが生まれ始めま
す。誰かの死が他の誰かに命を与えます。罪のない者が罪ある者のために苦しむ時、そ
の苦しみが人の心に自らの罪を悟らせ、正しく生きる心を起こさせるのです。これが犠
牲の力です。



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